『数値化の鬼――「仕事ができる人」に共通する、たった1つの思考法』安藤広大著 を読んで

数値化することで顧問先の変化に気づく

 税理士は顧問先の試算表を作成する機会があり、試算表によって会計上の売上や経費、利益を把握することができます。

 試算表を作成する意義としては、顧問先が銀行など外部関係者へ業績を開示する上でその数字の信頼性を担保する面があると言われますが、私は主に次の2点がメリットと考えています。

 ひとつ目は、「顧問先が認識している売上や経費、利益などの金額」と「試算表で表す会計上の売上や経費、利益などの金額」のズレの有無を確認することです。これを確認し、ズレがあるならば顧問先が把握していない売上や経費、利益の増減を認識することが可能となり、正しい数字を認識することが今後の経営の判断材料になると考えます。

 ふたつ目は、試算表で表す売上や経費、利益などの数字を検討することから顧問先の状況変化が明らかになることです。試算表では「月々の売上や経費、利益などの数字の推移」や「年度ごとの売上や経費、利益などの数字の比較」を表すことが容易になり、これらをもとに異常値が見つかれば検討し今後への対策が可能になります。

 試算表を作成し顧問先の業績を数値化することで、変化に気づき未来に対応するきっかけとなります。

日々、数値化をしておけば、「今年は何か変化が起こっているぞ」という違和感にいち早く気づけます。消費者の行動が変わったり、他の商品に人が流れていたりなど、原因を探る行動が取れるでしょう。しかし、なんとなく感覚で売っていたら、この変化に気づくのに遅れます。「先週より今週のほうがなんとなく売れ残っているな……」「そういえば今年は売れ行きが落ちている気がするな……」と、問題を放置してしまうと、とてつもなく大きな機会損失を生みます。そうならないためには、1日の売上を数値化して、週の目標の数字を把握しておくこと。それを毎週、比較して「数字の変化」に気づけることが大事なのです。

なぜ、数値化をするのか、それを考えていきましょう。それは、「未来」に目を向けるためです。数字は、いま、自分には何が足りていないのか、どういう課題があるのか。それを「見える化」しているだけです。テストで 20点が足りていないのは、「次にどうすればそれを埋められるのか?」を考えるための手段です。もちろん、過去のあなたに対する評価は下されます。しかし、「じゃあ、次はどうするか?」が常にセットなのを忘れてはいけません。そこまでを考え切って初めて数字は意味を持ちます。

変数を見極めて行動しているか

 事務所のホームページや、顧問先へ提示する資料、セミナーで使用するスライドなど、これらを作成するにあたってレイアウトやデザインなど見た目にこだわり、これに時間を使うことは良いものと考えてきました。

 しかし、見た目の完成度を高めることは評価されるポイントのひとつではあるものの、最も重要視すべき「変数」ではないと本書では指摘します。

 例えば、租税教室を行う際は、スライドを児童の皆さんにみてもらいながら授業を行っています。使用するスライドを作成するにあたって、フォントや文字の大きさをどうするかで頭を悩ませ時間を使うことがあります。これは児童の皆さんにスライドの見やすさを高めるために必要なものと考え時間を使って検討しているのですが、はたしてこれは変数でしょうか。あまりにも文字が小さく見づらいのであれば授業に支障が出るので是正すべきですが、もしそうでないならばフォントや文字の大きさにこだわることは租税教室の目的とは関係がない、つまり変数ではないと考えます。変数ではないことに時間を使うのは間違った方向性の努力です。このことを意識しフォントや文字の大きさにこだわる行動をやめなければいけません。

 行動をしていく上で「変数」を意識しないと、間違った方向性の努力をし続けていることに気づきました。その行動が変数なのか、それとも単に自己満足なのか、自分に問いながら行動していきたい。

見極めに必要なのが、「変数」という考えです。数学が得意だった人は、「y=ax+b」という一次方程式を思い浮かべてもらうと、「x」が変数であり、それにより「y」の値が変わるということがイメージできるでしょう。 「a」と「b」は定数であり、与えられた数字なので、ここは変えられません。

大事なプレゼンに臨むとします。資料作成の時間を1時間から2時間に増やし、レイアウトやデザインにこだわり抜いたとします。しかし、プレゼンの結果があまり変わらなかったらどうでしょう。ここで2時間の努力を3時間や4時間に増やし、さらに資料作成に時間をかけるのは、間違った努力の仕方です。それは、「プレゼン資料の『完成度』が『変数』ではない」からです。

仕事を進めていく上で、「変数」はたくさん出てきます。プレゼンの「完成度」と「伝え方」の話をしました。もしかすると、資料の完成度を高めることで、プレゼンの成功率が5%ほど上がるかもしれません。このときに、「資料の完成度を高めたら成功率が上がった。これが『変数』だ」と信じてしまうと、非常に厄介ですよね。なぜなら、本来ならもっと成功率を上げる「伝え方」があるのに、そこに目が行かなくなるからです。「変数であることには間違いない。だけど、もっと大事な変数があるはずだ」そうやって自分に厳しくする視点が必要なのです。まさにこれが、本書でもっとも伝えたい「数値化の鬼」のポイントです。

関係者への依存のリスク

 「得意先が1社のみ、融資を受ける金融機関が1行のみ」このような方は多い印象です。顧問先には1つの得意先や金融機関に依存することのリスクをお話しさせていただいています。

 これまで問題がなかったから1社または1行取引に疑問が生じなかったかもしれませんが、今後もずっと問題が起こらないとは断言できません。もしなんらかの理由でその得意先からの仕事の発注が無くなったら?その場合は売上がゼロで資金繰りが悪化し事業の継続が困難になります。もし何らかの理由でその金融機関からの融資が受けられなくなったら?その場合は必要な設備投資が出来ず、あるいは資金不足により事業の継続が困難になります。このように不安を煽るようで気分が良いものでは無いのですが、1社または1行取引のリスクをお伝えさせていただいています。

 このリスクをお伝えすると、リスクをすでに理解されている方もいれば、言われてみれば確かにそうだと新たに理解していただける方もいらっしゃいます。ただし、リスクを回避しようと考えても、得意先や金融機関を増やすことは容易ではありません。

 得意先や金融機関を増やすことが容易でないとしても、既存の1社、1行に依存することのリスクを理解し顧問先が長期的な視点を持って事業を展開していくことができるようサポートしていきたいと考えます。

短期的に考えているときは、思い描く未来は「延長線上にある」「何も変化が起こらない」と楽観的に考えます。「大きなクライアントは、未来永劫、発注し続けてくれるだろう」という安心感です。一方、長期的に考えるときは、未来は「さまざまな可能性がある」と考えます。すると、「大きなクライアントに依存しすぎていて、このままではまずい」という危機感を持てるでしょう。

業界再編は「自分の力ではコントロールできないこと」ではありました。「私は何も悪くないです」と、言い訳をしたくなるかもしれませんが、「環境の変化」が起こることはあります。 Aさんに求められていたのは、大きなクライアントとの関係維持を「定数」とし、次なる「変数」に目を向けていたかどうかの姿勢でした。