周りからの期待の応え方 〜『勉強の哲学 来たるべきバカのために』千葉雅也 著を読んで〜

税理士という有限性があるからサービス提供が可能になる

 商売を続けているとさまざまな問題に直面します。その問題は税理士が解決できる範囲にとどまらず、他士業の範囲に及ぶことや、ITに関することなどその範囲は無限です。

 ゆえにお客様にとって最高のサービスとは、この無限の範囲に対応するサービスであるといえます。しかし、無限の範囲に対応することは私には到底できるものではなく、人がサービスを提供する限り現実的ではないと考えます。そこで、私は税理士という範囲に絞ってお客様にサービスを提供していくことになります。

 では、税理士としてお客様に提供できるサービスといえば何があるでしょうか。

 現在私がメインで提供しているサービスは、顧問先に対する税務相談や税務申告、個人に対する相続税申告、税務に関するセミナー講師です。このほか、融資を受けるためのサポートや、M&A、事業承継、国際税務などをメインのサービスとして提供する税理士もいますし、これらのサービスはその一つ一つをさらに細分化して考えることができることから、税理士がお客様に提供できるサービスの範囲はとても広いものです。

 このように税理士という範囲に絞ったとしても、一人の税理士にできることには限りがあるため、税理士の範囲全てに精通しサービスを提供するのは難しいといえます。また、仮に税理士として全ての範囲に対応しようとするならば、それは膨大な範囲に対応することになるため、結局は中途半端な知識に留まり、お客様にとって満足のいくサービスの提供ができないでしょう。

 つまり、お客様に価値あるサービスを提供するためには、何でもやるという意識ではなく、できる範囲を見定めて確実にやる意識が必要です。これは、無限を意識するのではなく、有限を意識するともいえます。

 「お客様から依頼があったすべてのことを解決していこう」という意識は一見すると良いように考えがちですが、前述した通り、無限の範囲に対応することは不可能なのだから、自分にはできないことを認識し受け入れる必要があります。できないことがあることは恥ずべきことではなく、できないのに無理して進めて失敗することの方が恥ずべきことではないでしょうか。

 出来ることには限りがあるという有限性を自覚してサービスを提供する。有限性を意識することが、お客様をサポートする鍵となると思います。

「何でも自由なのではない、可能性が限られている」ということを、ここまで「不自由」と言ってきましたが、今後は、哲学的に「有限性」と言うことにしましょう。逆に、「何でも自由」というのは、可能性が「無限」だということです。無限 vs.有限、この対立が、本書においてひじょうに重要になります。無限の可能性のなかでは、何もできない。行為には、有限性が必要である。

環境的な制約 =他者関係による制約から離れて生きることはできません。環境のなかで、何をするべきかの優先順位がつく。環境の求めに従って、次に「すべき」ことが他のことを押しのけて浮上する。もし「完全に自由にしてよい」となったら、次の行動を決められない、何もできないでしょう。環境依存的に不自由だから、行為ができるのです。

勉強は無限に広がってしまう。逆に、絞って勉強するというのは、哲学的な言い方をすると、勉強を「有限」にする、「有限化」するということです。「まずこれだけ」、そして「ここまででいい」という「有限性」を設定しなければ、勉強は成り立ちません。勉強の有限化が必要である。

 

「税理士とはこうするものだ」への応え方

 税理士という資格は社会的に信用力があり、世間の税理士へのイメージがあるがゆえに「税理士とはこうするものだ」という周りからの期待も強く感じます。

 「税理士とはこうするものだ」という周りからの期待に合わせすぎると、自分のキャパシティを超えて多くの仕事を受けてしまったり、自分に合わない業務を引き受けてしまうことがあるのではないでしょうか。

 つまり、「税理士とはこうするものだ」という周りからの期待に合わせすぎると自分を見失います。税理士である以前に一人の人間であり、それぞれ個性があります。性格や体力、性別、趣味嗜好などそれぞれ違います。税理士という資格は人間の一部分にすぎません。優先順位は、まずは自分であり、その次に周りの期待に応えられるかを考えるべきだと考えます。なぜなら自分を大事にできず、自分に合わないことをやるということは、自分を苦しめるだけでなく、税理士としてのパフォーマンスが落ちて周りの期待にも応えられないのではないだろうか。そうなると自分も周りも誰も幸せではない結果になります。

 周りからの「税理士とはこうするものだ」への応え方は、自分のキャパシティの範囲内でどう期待に応えられるかを第一に決めていくべきではないでしょうか。そうすることで自分らしく税理士として活躍することに繋がり、周りからの期待に応えることにつながると思います。

無理して周りのノリに合わせない、というのが大きなコンセプトです。もちろん、生きていく上では周囲の要請に応えなければならないことはあるにせよ、なるべく自分の身体に準拠することを大事にしながら、仕事や趣味や教養をすべて同一平面上で考えていきたいと思います。

 

お客様の経理のルーティーンを抜け出す後押しをする

 経理は面倒なものといったイメージを持つ方は多く、私もその一人です。しかし、事業を続ける上では経理は必要なもので、誰かがやってくれるものではなく自分(自社)でやらなければなりません。

 その面倒な経理を少しでも効率的に進めるため、世の中には様々なツールがあり、これらを駆使するのとしないとでは経理に費やす時間に差が生じます。したがって、これらのツールを導入することをお勧めするのですが、気をつけなければならないのが、ただツールを導入すれば効率化するわけではないということです。

 ツールの導入を検討しても経理が効率化しない問題は二つあります。

 一つ目は、効率化するためのツールを使いこなせない技術面での問題です。当たり前のことですがツールを導入しさえすれば、経理が効率化するわけではなく、そのツールを使いこなして初めて効率化するものです。そのため使いこなすためには努力が必要になるのですが、そもそも経理が面倒と考えている場合は、その経理の効率化ツールを使いこなす努力をすることも面倒と考えがちで、ツールを使いこなすには至らず効率化が難しくなります。

 二つ目は、そもそも現在の経理の方法を心の底から変更しようと考えていない心理面の問題です。これまでの経理の方法では、手間と時間がかかることがわかっていて、変えたいという気持ちがあるものの、これまでの方法で大きなミスが起きていなければ、やり方を変えるほどのモチベーションには至らない。これまでの方法では手間と時間がかかるものの、このことは自分が我慢すれば良いという考えがある場合もあります。このように辛くても自分が我慢して現状維持を第一とする思考があると、ツールの導入に至らず効率化が難しくなります。

 この二つの問題を解決するにはどうしたら良いだろうか。

 税理士がお客様の背中を押す役割をしたら問題解決のきっかけにならないだろうか。お客様の経理を一番知っている外部関係者は顧問税理士です。その顧問税理士も一緒になって経理の効率化を考え、そしてそのメリットを共有していくことで、ツールの活用につながると考えます。経理は面倒で気が進まないものであるからこそ、税理士がお客様の進むべき経理の方向性を示して先導していく。税理士がそのようなスタンスでいることが面倒な経理を効率化するきっかけになると考えます。

不満や苦しみがあっても、そこから抜け出そうと何かを始めるのは難しいことです。一度できあがった生活習慣は、ひじょうにしぶとい。根本的な心理として、可能なかぎり何でも「痛気持ちいい」ものとしてマゾヒズム的に耐えてしまおうとする傾向がある。極端には、ここでこうして生きているのは自分の運命だ、と捉えて耐え忍んでしまうかもしれない。