税理士は有限化の装置 〜『メイキング・オブ・勉強の哲学』千葉雅也 著 を読んで〜

お客様にとって税理士は有限化の装置

自分が持つ税務の知識すべてをお客様に伝えようとしていないだろうか。もしかしたらそれは誤りなのかもしれません。

税理士は税務の専門家として、自らの税務の知識をもとにお客様をサポートしていくものです。税法は毎年のように改正が入るので、税理士は日々税務の知識をアップデートし、そのアップデートした知識をお客様に伝え、お客様を税務面でサポートをしていきます。

ここで考えたいことがあります。それは、「伝える」とは何なのか。何を「伝える」べきなのか。

税理士は、自身が持つすべての税務の知識をお客様に伝えることが必ずしも正解ではないと考えます。なぜなら、お客様にすべての税務の知識を伝えようとすると、情報過多で結局は伝わらないことになるからです。

伝わらなければ意味がありません。

そのため、すべてを伝えるのではなく、お客様の状況に応じて伝えるべき範囲をかえる必要があります。つまり、伝えるべき知識の取捨選択をします。

伝えないとお客様に不都合が生じるものは伝え、伝えなくてもお客様に不都合が生じない部分はあえて伝えないのです。

このように税理士はお客様をサポートするために伝えるべき知識の絞り込みをします。つまり、お客様にとって税理士は膨大な税務知識を有限化する装置といえるでしょう。

税理士がお客様にとっての税務知識の有限化装置となるにはどうしたらいいのでしょうか。次に掲げる3つが必要と考えます。

一つ目は、税務の知識を吸収し続けることが必要です。たとえば電子帳簿保存法という法律があり、これは施行してから歴史の浅い法律のため、実務で当てはめた場合の取り扱いが日々更新されています。この更新されていく情報を税理士は知識として吸収し続けることが必要です。

二つ目は、お客様を知ることが必要です。お客様の特徴を理解しなければ、お客様に合わせた知識の取捨選択ができません。たとえば電子帳簿保存法に対応するためには、お客様の特徴に合わせて、猶予措置を厚めに説明するべきなのか、それとも猶予措置についてはお伝えしないのかの取捨選択をします。そのためにはやはりお客様を知ることが必要です。

三つ目は、知識を披露したい気持ちをおさえることが必要です。努力して得た知識をお客様にアピールしたい気持ちになることは自然なことです。しかし、すべてを伝えるとお客様には伝わらず本末転倒になるので、自分の知識量をアピールする気持ちを抑えなければなりません。たとえば電子帳簿保存法では、前述した通り、日々取り扱いについての情報が更新されます。日々更新される情報を追いかけるのはとても労力を要します。しかし、その苦労をアピールする気持ちを抑えることがお客様のメリットにつながるのです。

以上のように、税理士は「研鑽し知識がある税理士」にとどまるのではなく、その先のステップである、「お客様に合わせて有限化した知識を伝える税理士」になることが必要と考えます。

教師とは、豊富に知識を与えてくれるというよりも、「まずはこのくらいでいい」と、勉強の有限化をしてくれる存在なのです。有限化の装置なのです。だから皆さん、先生や先輩と話すときには、どんな有限化をしているかに敏感になることが大事です。それこそが経験者の知恵なのです。

 

時間内のみ完璧主義になる

間違いのない完璧なものを仕上げよう。この完璧を目指す考え方はとても大事なものだと考えます。

なぜなら、人は気を抜くと「楽をしよう怠けよう」という考えになり何も仕上がらないリスクがあるため、完璧を目指すからこそ人は向上するものと考えられるからです。

しかし、一方では、完璧を目指すがゆえにいつまで経っても完璧にいたらず、タスクが終わらないことも起きます。

「完璧」の意味を調べると『欠点がまったくなく、完全であるさまを意味する』と記載があります。はたして欠点のない完全なものなんて可能なのだろうか、少なくとも私には不可能に思えます。

つまり、完璧主義を手放さなければいつまで経ってもタスクが終わりません。

ではどうしたら良いのか、そのためには「有限性」が必要と考えます。具体的にいうと、設定した「時間」内でのみ完璧を目指すのです。時間という有限を決めてその範囲内での完璧を目指し、一つ一つ仕上げていくのです。

「完璧主義を目指しいつまでも仕上がらないもの」と「時間内で完璧主義を目指し仕上げたもの」いずれをとるべきなのでしょうか?私は後者を取ろうと考えます。

なぜなら、仕上げたものの積み重ねが重要であると考えるからです。仮の完成でもいいから、有限性の縛りのもとで仕上げられた仮の完成品の数々が、前へ進む道標になると考えます。

何らかの見切りをつけなければなりません。というのは、テクストをひたすら読み続けていては、読み込みはいくらでも深くなるから、キリがないわけです。だから、その本についての大まかな感想文を書くために読むようにするなど、具体的なタスクを設定して、それとの関係で読む深さを調節するのがいい

よく小説家の人が、小説が上手くなりたかったら、まずは下手でもいいから必ず書き終える経験をしなさい、と言いますね。ボツになってもいいから書き終えるという経験をすることが、次を書くためのステップになるのだと。何もいきなり上出来である必要はなくて、とりあえずまずはひとつを完了する、ということです。このようにタスクを有限化するというのは、あらゆる仕事において重要なことです。

わざとでもいいから区切りを設定することで、自分の主体性が出てくる。というのは、本当の自分なんて結局どこにもないからです。自分自身の主体性の軸、主体性の殻のようなものは、つねにわざとでっちあげるしかないんですね。そしてわざとでっちあげたそれを、こねくり回したり、変形したり、補強したりということをくり返して、人は生きて死んで行くわけですよ。だからそのプロセスを適度に細かく区切ることが、生きて行く知恵であり、かつ、仕事術でもあると思います。

区切られたタスクの積み重ねによって前に進んでいくしかない