税理士はお客様に変化を導くもの 〜『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書 』東畑開人 著を読んで〜

税理士はお客様に変化を導くもの

僕らが生きているこの社会では「変わる」ことがとても大事なこととされている。「PDCAサイクル」なんていう言葉もあるけれども、目標を決めて、挑戦して、うまくいったかどうかをチェックして、そして改善する。そうやって、目標を達成する、成長する、変わっていく。そういうことが良しとされている。それが僕らの社会の倫理だ。だけど、それってじつは特殊なことではないか。僕らはとても偏った社会に生きているのではないか。

変わっていくことを目指しているときもあるけど、変わらないように注意を払ってもいる。ほら、毎日が変わらないものであるように、僕らはとても気を遣っているではないか。上司が改革とか言い出すと、「やめてよー」と思うではないか。そう、僕らは自分の「人生」にはホットであることを求めることもあるけれど、「生活」はクールなほうがいいと思っている。冷たい安定を欲している。だから、実際のところ、僕らが生きているとき、すべてのことが何かを得るためになされるわけではない。

変化すること、変化に対応すること、変化し続けること、「変化」は生きていく上で重要なものです。また、変化は、自分の意思にかかわらず、まわりの環境から強制されるものでもあります。

たとえば、新型コロナウイルス感染症により、これまで当たり前としていたことが覆されました。職場に集まるという行動が制限され、リモートワークが推奨されるなど、これまでの行動や価値観、常識を変化せざるを得なくなる状況になりました。

では、税理士が顧問先と関わる上で関与している経理はどうでしょうか。経理に変化は必要でしょうか。経理に変化は求められているのでしょうか。

経理については変化がない方がいいと思っている方が多いと考えます。経理には変化を求めずに、安定を求める。言い換えると「これまでと同じ」を求める方が多いのではないでしょうか。

なぜなら、経理は面倒なもの、経理は楽しくないもの、経理を頑張っても利益を1円も生み出さないものと感じる場合が多いものです。だから、経理には変化を求めず、これまでと同じであることを望む方が多いのでしょう。

しかし、経理に関しても経理を取り巻く環境が日々変化するため、これまでと同じであり続けることが出来ず、経理も変化することが必要になります。

たとえば、毎年のように税制改正が行われます。私たち納税者は改正があったことを知らなかったでは済まされず、新しい税制に対応していくことが求められます。税制改正の影響は経理にも及び、この改正に対応するために、これまでの経理のやり方を変えていかねばなりません。

このように経理にも変化が求められる状況のなか、税理士は顧問先にどのようにアプローチしたらよいでしょうか。

前述した通り、顧問先としては経理に変化を求めていないことが多い。これまで通りを求められます。お客様である顧問先に変わりたいというニーズがないのに、変わることを促さなければなりません。

「税理士業はサービス業である」という立ち位置と仮定すれば、お客様に変化のニーズがないのを知りながらも変化を促すという矛盾したサービスを提供することになります。嫌な役回りな印象を受けますが、仕方がありません。それが顧問先にとって必要なことなのだから。

ただし、税理士は顧問先に変化を促すにあたり、工夫することができます。その変化の方法を工夫することで少しでも顧問先の負担を軽減することができます。顧問先に合った変化の仕方を提案するのです。その工夫には、変化を促すものもあれば、一部変化しないことを認めることもあります。これまで通り変化しなくとも顧問先にデメリットがない部分は、あえて変化せずにこれまで通りのやり方を提案します。

いずれにせよ、変化せずとも問題がない部分の判断は、顧問先のことを知り、税制を知る顧問税理士でなければできないものであると考えます。

こうして顧問先に合った形で変化を促し、変化を導いていくのが顧問税理士の大切な役割なのだろうと考えます。

 

税務顧問による「依存」と「自立」の考え方

世の中のビジネスの大半は、ニーズを満たすことに全力を注いでいるんだけど、ある種のニーズはね、満たされることで、逆に生きづらくなってしまうということがあるわけです。「ずっと一緒にいてほしい」って言われて、二時間一緒にいたら、もっといてほしくなって、二三時間一緒にいてあげることになります。だけど、それでも、残りの一時間一緒にいないと、その人は寂しくなってしまうわけですよ。だって、一緒にいればいるほど、いない時間には自分のことを迷惑に思ってるに違いないって、恐ろしくなってしまうわけですから。だから、その恐ろしさや傷つきに向き合うことで、「一緒にいてほしい」というニーズが、「一緒にいなくても、自分のことを悪く思っていないとわかる」に変更されると、人は生きやすくなります。そうすると、一時間一緒にいてくれることの貴重さを感じることができるようになります。本当は目の前にあったケアの良さを受け取ることができるようになります。そう、セラピーによって、ケアが機能するようになるということもあるわけです。ここには、抜きがたく「自立」の思想があります。

ケアが依存を原理としているとするなら(中略)セラピーは自立を原理としています。自分の問題を自分で引き受ける。痛みや傷つきを受け止める。そうすることでより自由になる。人として成熟する。だから、ケアでは変化するのは環境でしたが、セラピーでは個人が変化していくことが目指されます。

税理士が顧問先に対して提供する税務顧問というサービスは、顧問先の「ニーズを満たすこと」と「ニーズを変更すること」のどちらを目指しているのでしょうか。顧問先の税理士に対する「依存」と「自立」のどちらを目指しているのでしょうか。

税務顧問を受ける上で、「記帳代行」というサービスがあります。記帳代行とは、お客様から会計に必要な資料を預かって、その資料をもとに税理士が会計ソフトに記帳するものです。

顧問先としては、記帳代行料金を税理士に支払うことになるものの、面倒な記帳を税理士に丸投げできるので、会計にかかる手間が減り、一定のお客様にはニーズがあります。

ただし、記帳代行は、会計に関することを税理士にすべて丸投げになるため、税理士に「依存」することになる可能性があるのではと考えます。

「会計のことはすべて税理士に任せているから自分では全くわからない」こういった認識の方は多いのではないでしょうか。

安易に記帳代行をしてしまうと、自分のことなのに自分ではわからず、顧問税理士にしかわからないという依存の状況を招く恐れがあります。これは顧問先にとって良いことなのでしょうか。

こういうふうに言うと、「セラピー、いいじゃん」って見えるかもしれませんけど、繰り返して言っておくと、セラピーにはつらいところがあります。ニーズが満たされず、傷つきに向き合うわけですから、しんどいんです。だから、安易にセラピーをやってはいけない。ケアが必要な人には、まずケアを提供しないといけません。そうでないと、セラピーを受けて、「傷ついただけだった」となってしまいます。まずはケア。 それからセラピーです。実際、ケアすることで、 ご本人に十分な変化が訪れることだって本当に多いわけです。だけど、先ほど言ったように、セラピーによってケアが可能になることもある。このあたりは複雑

前述した通り、記帳代行は税理士への依存ではないかという論調で考えると、「依存」という言葉に前向きな印象を受けないため、一見、記帳代行は悪であるから、自計化をすることが良いことのような印象を受けますが果たしてそうなのでしょうか。

記帳代行は依存、自計化は自立、だから自計化をしようと安易に考えるのもリスクがあります。なぜなら自計化するには、会計の知識のみならず、経理体制を整えることが必要であるからです。

この準備が整わないまま、会計ソフトさえあれば何とかなると進めてしまい、間違った決算書や申告書を作成されるケースも多い印象を受けます。

依存を避けるがために、間違った決算書や申告をしては本末転倒です。であれば、まずは依存することから始めるのも良いのではないでしょうか。

例えば、記帳代行サービスを依頼することからはじめて、社内体制を整えつつ、自計化に進む流れであれば、これは税理士に「依存」しているものではないと考えます。目指すべき自計化への準備段階として記帳代行サービスを利用するのです。これは、「会計のことはすべて税理士に任せている」というスタンスではなく、会計を自分事として認識し、今は準備段階だから会計の一部を記帳代行として税理士に依頼しているので「依存」ではないと考えます。

むしろ、会計を自分事化し自社にベストな選択をしているので「自立」と言っても良いのではないでしょうか。

依存か自立かを判断する基準は、どのようなサービスを受けるにせよ、他人に丸投げではなく、自分事として認識し取り組むことで判断されるものではないかと考えます。