「本当の自分」は存在しない?分人主義で考える税理士の在り方

平野啓一郎氏の著書『私とは何か 「個人」から「分人」へ』を読み、税理士業務における自身の姿勢や在り方について考えさせられました。特に下記の一節は、税理士業務においても重要な示唆を与えてくれると感じます。

たった一つの「本当の自分」など存在しない。裏返して言うならば、対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて「本当の自分」である。

従来の「個人」という概念では、人は常に一貫した「本当の自分」を持つと考えがちです。しかし、平野氏は「分人」という概念を提唱し、人間は対人関係ごとに異なる顔を持つと述べています。

一人の人間は、複数の分人のネットワークであり、そこには「本当の自分」という中心はない。

この「分人」という考え方は、税理士業務にどのように活用できるのでしょうか?

お客様とのコミュニケーションにおける「分人」

税理士業務は、お客様との信頼関係が不可欠です。お客様はそれぞれ異なる背景、性格、そして抱える問題を持っています。そのため、税理士はお客様一人ひとりに合わせたコミュニケーションを心がける必要があります。

例えば、お客様に業績や税務申告の報告をする際に、あるお客様には丁寧に説明する必要がある一方、別のお客様には簡潔に要点を伝える方が良い場合があります。また、年齢や立場、業種によっても適切なコミュニケーション方法は異なります。

そこで、「分人」の考え方を意識することで、お客様ごとに異なる「自分」を使い分け、よりスムーズなコミュニケーションを図ることが可能になります。

自分が、他者との関係で生じた分人の集合体だという自覚の次は、当然のことながら、他者もまた、同様に、様々な人間との分人の集合体だという認識が重要だ。

お客様もまた「分人」であることを理解することで、お客様の言葉や行動をより深く理解し、適切な対応を選択できるようになると考えます。

専門家としての「分人」と人間としての「分人」

税理士は、お客様にとって専門家であると同時に、一人の人間でもあります。業務中は冷静かつ的確な判断が求められますが、時にはお客様の悩みに寄り添い、共感することも重要です。

「分人」の考え方は、この相反する二つの側面をバランス良く保つヒントを与えてくれます。お客様と接する時は、専門家としての「分人」を意識しつつも、人間としての「分人」も大切にすることで、より深い信頼関係を築くことができるのではと思います。

成長を促す「分人」

平野氏は、

自分は、誰と過ごす時間を多く持つべきか?誰と一緒にいる時の自分を、今の自分の基礎にすべきか?あなたが好感を抱く人間、尊敬する人間と、うまくコミュニケーションを取りたいと思うなら、そういう分人を生じさせる以外にはない。その分人が、あなたの変化の突破口になる。

と述べています。

税理士として成長するためには、様々な人と出会い、交流することが重要です。同業である他の税理士や他の士業、専門家との交流を通じて、自身の中に新たな「分人」を生み出し、自身の成長へと繋げることが可能になります。

まとめ

『私とは何か 「個人」から「分人」へ』で提唱されている「分人」という概念は、税理士業務におけるお客様との向き合い方、自らの税理士としての成長、そして仕事に対する考え方など、様々な側面に新たな視点を提供してくれます。

「分人」の考え方を意識することで、お客様との信頼関係を深め、より良いサービスを提供できるよう努めていきたいと思います。