「風姿花伝」に学ぶ お客様を惹きつける税理士の「花」と「工夫」

こんにちは、栃木の税理士伊沢です。

室町時代の能役者・世阿弥が著した『風姿花伝』を、夏川賀央さんの現代語訳で読み、心を打たれた一節をもとに、税理士という仕事について考えてみたいと思います。

古典中の古典であるこの書物には、芸の道だけでなく、あらゆる道を究めるための普遍的な哲学が詰まっています。特に、お客様である経営者の皆様に、税理士がどのような姿勢で向き合うべきか、深く考えさせられる文章に出会いました。

お客様を惹きつけ続ける税理士の条件としての「花」と「工夫」

まずは、能の神髄である「花」と「工夫」についての教えです。

『風姿花伝』では、「花」とは観客を惹きつけ、感動させ、新鮮な驚きを与える魅力や素晴らしさのことであり、それは演技の技術だけでなく、役者の「心」から生まれると説かれています。

税理士の仕事は、税務申告や記帳代行といった「型」や「技術」が基本にあります。しかし、それだけではプロとして「極めた」ことにはなりません。世阿弥は、技術の巧みさだけでなく、いかに観客に感動を与える「花」を見せるかが重要だと説きます。

上手な役者でも、その演技が目利きでない観客の好みに合うのは、難しいことがあります。(中略)能の道を極め、演技の工夫もできる役者であれば、目の利かない観客たちにも『面白い』と思えるような演技ができるはずなのです。この工夫と相手に応じられる上手さを持った役者こそ、花を極めた役者とみなされるべきでしょう。

これを税理士に置き換えると、私たちの「花」とは、お客様に提供する「価値」にほかなりません。

目の前の税務申告という技術(能の型)は当然の前提です。

真に「花」を極めた税理士とは、難解な税法を分かりやすく説明し、お客様の事業や経営状況に合わせて、最適なアドバイスを「面白い(価値ある、感動的な)」と思える形で提供できる人です。

専門知識を振りかざすだけでなく、「相手に応じられる上手さ」、すなわち、お客様の理解度やニーズに合わせた伝え方、提案の仕方を常に工夫し続ける姿勢が、税理士にとっての「花」なのだと考えます。

この「工夫」がなければ、たとえ税理士として「上手だ」と世間で評判になっても、お客様が「後々までやってくる」ような存在にはなれない、と世阿弥は警告しています。

「陰陽の調和」の考えでお客様の状況を読む

次に、お客様とのコミュニケーションや状況把握において、非常に重要な考え方となるのが「陰陽の調和」の教えです。

そもそも一切の物事は、陰と陽が調和する境の部分に、成功のポイントがある

(前略)上手な演技をしているのに目利きでない観客が理解できないのであれば、これはもう芸術性のわからない観客の問題ですから、どうしようもないのではないか?しかし能の道を極め、演技の工夫もできる役者であれば、目の利かない観客たちにも『面白い』と思えるような演技ができるはずなのです。

世阿弥は、能を演じる際、昼(陽の気)には静かな演目(陰の気を生む動き)を、夜(陰の気)には明るい演目(陽の気)を当てることで、場を調和させ、観客に成功(感動)をもたらすと説きます。

税理士業務における「陰陽」とは、お客様の心の状態や、事業の状況です。

お客様の事業が好調な「陽」のとき、税理士は、冷静に将来のリスクや税務の落とし穴といった「陰」の視点を提供し、浮かれることなく着実な成長を促す調和が必要です。

事業が苦しい「陰」のとき、税理士は、単なる数字の整理に終わらず、前向きな経営改善策や融資の可能性といった「陽」の要素を提示し、お客様に希望の光を灯す調和を意識すべきです。

「会場(お客様の状況)を見て能の成果を予測する」という教えは、お客様の心の「空気」を読み、その状況にふさわしい「調和」のとれたアドバイスを提供することの重要性を教えてくれます。これが「相手に応じられる上手さ」の土台となると思います。

税理士の道も「因果」と「修練」

最後に、成長のプロセスについてです。能楽の道も、税理士の道も、地道な「稽古」という「因」があってこそ、「名声」という「果」が得られます。

『花』を体得しようと思ったら、まずは『種』を体得するべきでしょう。『花』は心のつくりだすものですが、『種』はふだんの努力によってつくりだすものなのです。

税理士業務における「種」とは、税理士資格の取得はもちろん、税法改正の学習、新しい会計システムの習得、実務経験の積み重ね。これは「ふだんの努力」でしか得られません。

税理士業務における「花」とは、この「種」という揺るぎない技術の上に、お客様への心遣い、洞察力、臨機応変な対応力(心がつくりだすもの)が加わって初めて、真の「花」が咲くものではないかと考えます。

生まれ持った才能だけでは、大成する人物になりえない

生まれ持った才能や、これまでの名声に頼るのではなく、「自分勝手な慢心で、手を抜いてはいけません」という教えを胸に、常に謙虚に、日々精進し続ける税務のプロでありたいと思っています。

まとめ

『風姿花伝』は、一見すると遥か昔の芸能の教えですが、プロフェッショナルとして道を究めるための真理が詰まっています。

永続的な『花』がなければ、どんな種類の能も根本的なところでわかっていないのも同然なのです。

日々の地道な「種」の修練を怠らず、お客様一人ひとりの状況を深く読み解き、お客様の事業の成長と安心につながる「花」を咲かせるための「工夫」を続けていこうと思います。