「名誉ある孤立」を胸に〜税理士業務と人生を豊かにするヒント〜

林 望氏の『結局、人生最後に残る趣味は何か』を読みました。多様な趣味の世界を究め尽くしてきた林氏が、人生最後に真剣に取り組みたい趣味は何かを語る本書。その中で、心に響いたのは「名誉ある孤立」についての一節でした。

みんなとつるんで常に一緒に行動すれば幸せであると言いたいわけではありません。(中略)孤立には「名誉ある孤立」と「不名誉な孤立」があります。(中略)私たちが目指したいのは、その「名誉ある孤立」です。

この「名誉ある孤立」とは、他人や組織に頼らず、独立自尊の精神で生きることを指します。これは、税理士業務にも通じるものがあるのではないでしょうか。

税理士は、お客様の企業情報を扱う、いわば「秘密のポケット」に関与する存在です。お客様の信頼を得て、その「ポケット」の中身を預かるためには、高い専門性と倫理観が求められます。林氏が言うように、

秘密のポケットを持つ人には、どこか人としての奥行きのようなものが感じられ、魅力的に見えるものです。

税理士もまた、専門知識や経験という「秘密のポケット」を持つことで、お客様から信頼され、より深い関係を築けるのではないでしょうか。

さらに、林氏は下記のようにも述べています。

趣味を持つことの意味は、畢竟、人間関係を豊かにすることでもあり、自分の人生を楽しみ多いものにすることなのです。

税理士業務は、お客様の企業活動を支え、社会に貢献するという大きなやりがいのある仕事だと考えます。しかし、それだけに没頭するのではなく、仕事と趣味のバランスを保ち、人生を豊かにすることが、より良い仕事へと繋がるのではないでしょうか。

きちんと仕事をしながら、余暇の時間に趣味を楽しむ。そのバランスが重要であり、仕事と趣味はほとんど対等なものといえます。

私にとって、仕事は生きていくためにやらなくてはいけないエッセンシャルな基底であり、芸術は人生を豊かにするために不可分な上部構造というようなものと捉えています。アートは、一見すると不要不急の娯楽のように見えますが、実は生きる上での切実な営みなのです。

仕事は生活の基盤ですが、趣味や芸術は人生を豊かに彩るものです。税理士業務においても、単に数字を扱うだけでなく、そこに「アート」を見出す姿勢を持つことで、より創造的で魅力ある仕事ができるのではないでしょうか。

林氏は、趣味の上達には「実践」の重要性を説いています。

音楽の世界では、よく「百回の練習よりも一回の本番」と申しますが、これこそまさに真理をついた名言です。下手な芸であっても、恥をかくことがあっても、ともかくできる限りの努力を重ねてから、人前で披露してみる。そこに上達の秘鍵が隠されているのです。

税理士業務においても、常に新しい知識や技術を学び、実践を通して経験を積むことが重要です。

例えば、これまでいくつかセミナー講師として登壇する機会を得ていますが、はじめてセミナーを開催する時は、「セミナー講師経験がないから上手く出来ず恥ずかしい思いをするのではないか」「もっと練習を積んでからセミナーを開催した方が良いのではないか」など恐怖心がありました。しかし、その恐怖を乗り越えて場数を踏むことで、今では不思議なほど不安なく大勢の前でのセミナー講師を務めるに至りました。恥ずかしくないレベルであると自信を持ってから講師をしようとしていたらきっといつまでも登壇することは無かったのではないかと思います。

多忙な日々の中で、どのようにして趣味や自己研鑽のための時間を作るのでしょうか。林氏は、

その「努力のための時間」の作り方に関しては前述の如く「暇有るを待ちて書を読まば、必ず書を読むの時無けん」という箴言があります。(中略)「仕事の暇を趣味にあてればいい」とか、「定年後に趣味を始めよう」などと考えていると、結局いつまで経っても手を付けられないということになりかねません。

と述べ、「今すぐ始める」ことの重要性を強調しています。

人生において、時間を無駄にする一番の元凶は、「情性による人づきあい」です。(中略)つまらないことに時間を使わず、自分のやりたいことに一生懸命使うのが、ほんとうのほんとうは、良い時間の使い方であるにちがいないのです。

本当に大切なことに時間を使うためには、時には「ノー」と言う勇気が必要です。しかし「ノー」というのは難しく、つい「イエス」と答えがちです。そのため、むしろ「ノー」と言う癖をつけるぐらいの姿勢でいる方がちょうど良いのかもしれません。

林氏は、写真撮影を例に挙げ、

誰もが撮りたがる絵葉書的風景にレンズを向けている時点で、撮る前から、凡作は約束されています。いい写真は「誰もが目にしているけど、誰もが気づかないような一隅」を切り取ったり、あるいはまた「無二無双の一瞬」を掬い取った作品です。

と述べています。これは、税理士業務にも通じるところがあります。

お客様の抱える問題の本質、お客様自身も気付いていない問題を見抜き、税理士独自の視点で解決策を提案することで、真にお客様の役に立つことができるのではないでしょうか。

『結局、人生最後に残る趣味は何か』は、趣味についてだけでなく、税理士業務、そして人生を豊かに生きるためのヒントを与えてくれる本です。林氏の言葉を参考に、税理士として、そして一個人として、より充実した人生を送りたいと思います。