「共に考える」税理士でありたい – 『経営者の孤独。』から得た気づき
こんにちは。栃木の税理士伊沢です。
ライターの土門蘭さんが様々な経営者へのインタビューを通して「孤独」とは何かを探求した著書、『経営者の孤独。』を読みました。経営者の生の声や、土門さんの鋭い考察に触れ、税理士という仕事の在り方について深く考える機会となりました。
特に印象に残ったいくつかの言葉を引用しながら、税理士としてどのように顧問先である経営者と向き合っていくべきか考えてみたいと思います。
都合の良い言葉だけでなく、共に考える存在へ
本書の中で、ハヤカワ五味さんは「経営者は搾取するもの」というバイアスについて、このように語っています。
やっぱり人って、自分にとって都合のいいことを言ってくれる人の意見のほうを受け入れやすいんですよね。もし自分がしんどい状態だったら、人のせいにできる意見のほうが受け入れやすいんじゃないかな。
経営者も一人の人間です。特に厳しい状況に置かれたとき、耳に心地よい言葉や、誰かのせいにできる意見に流されてしまう心理は、痛いほど理解できます。
税理士は、数字という客観的な事実に基づいて経営状態を分析し、アドバイスを行う立場です。時には、経営者にとって耳の痛い指摘をしなければならない場面もあります。しかし、それは決して経営者を責めたり、追い詰めたりするためではありません。
私、人間関係の話には「正解ってない」と思ってて。でも、自分なりの正解を持ってしまっている人もいるんですよね。そういう人って、途中過程をスキップして考えやすい。それって結構危ないなって思っていて。今の友達は、正解のないことを一緒に考えてくれる人が多いような気がしますね。
この言葉のように、経営には絶対的な「正解」はありません。税理士は、安易に「こうすべきだ」という自分なりの正解を押し付けるのではなく、経営者の状況や想いを理解し、「正解のないことを一緒に考えてくれる人」であるべきだと考えます。気に入られようと都合の良い言葉だけを並べるのではなく、かといって一方的に断罪するのでもなく、データに基づいた客観的な視点を提供しつつ、共に悩み、考え、より良い方向性を探るパートナーでありたいです。
「信頼」の先にある「信用」を目指して
良い関係性を築けている友人について、ハヤカワさんはこう表現しています。
「信用」に近いですね。「信頼」の外側に、さらに「信用」があるような感じ。「信頼」してさらに「信用」もしてるみたいな。
税理士と顧問先である経営者の関係も、単なる専門家としての「信頼」を超え、人間的な部分も含めた深い「信用」に基づいたものでありたいと願っています。正確な税務申告や会計処理はもちろんのこと、経営者のビジョンに共感し、その実現に向けて誠心誠意サポートする姿勢、そして何より「この人になら安心して相談できる」と思っていただけるような人間性。そういった要素が組み合わさって初めて、「信頼」のさらに外側にある「信用」を得られるのではないでしょうか。
経営者は「主」、税理士はその伴走者
土門さんは、経営者に共通する資質として「自分が『主』であるということ」を挙げています。
自分が「主」であるということ。この世界において、自分が「主体」であるということ。それを自覚していることこそが、わたしが「経営者」に共通していると感じる、もっとも大切な一点なのだと気づいた。(中略)ただ、自分は「主」たり得るのだと、世界と対等たり得るのだと、自覚しているということ。手を伸ばせば世界に触れられるし、手を動かすことで世界を変えられるのだと、知っているということ。
経営者は、自身の事業という世界において、間違いなく「主」です。税理士は、その「主」である経営者が、自信を持って事業を推進し、「世界を変える」ための舵取りができるよう、専門知識をもってサポートする存在です。決して「従」ではなく、対等なパートナーとして、経営者の主体的な意思決定を支える役割を果たしたいと考えています。
「逃げる」という選択肢を肯定する勇気
本書の中で、家入一真さんの「逃げる」ことについてこのように語っています。
世の中には、「ライオンに立ち向かえ!」っていう言葉が溢れているんですよ。(中略)まずは逃げようよ、と。(中略)死なないために全力で逃げろって。
経営判断においても、「逃げる」、つまり事業から撤退したり、方向転換したりすることが必要な場面はあります。しかし、「逃げるのは悪だ」「立ち向かうべきだ」という世間の声やプレッシャーの中で、その決断を下すのは容易ではありません。
「逃げる」っていうカードを持てただけでも話を聞けてよかった」って子が数人いて。それを読んで、お守りのように「逃げる」ってカードを持っていることが大事なのかなって思ったんですよね。そういう選択肢があるんだってことすら見えなくなることもあるので。
税理士は、顧問先の財務状況を冷静に分析し、時には「逃げる」という選択肢も俎上に載せ、そのメリット・デメリットを経営者と共に検討する役割も担うべきだと考えます。撤退や縮小は、決して敗北ではありません。会社を守り、従業員を守り、そして経営者自身を守るための、未来に向けた戦略的な一手となり得ます。その決断を支え、肯定することも、重要な役割の一つと考えます。
土門さんは家入さんの話を受けて、こう考察しています。
どの居場所からも逃げられる、ひとりになれる強さを持つことが一番良いのかなと、今ふと思いました。
これは、経営者が外部環境や固定観念に縛られず、常に自分の軸で判断できる状態を示しているように感じます。私は税理士として、経営者がこうした「強さ」を持てるよう、客観的な情報と多様な選択肢を提供し続ける存在でありたいと思います。
まとめ
『経営者の孤独。』は、税理士として顧問先である経営者とどう向き合うべきか、多くのことを考えさせてくれる一冊でした。経営者は、その立場ゆえの孤独を抱えながらも、自身の事業世界の「主」として日々奮闘されています。
税理士は、単なる数字の専門家ではなく、経営者の想いに寄り添い、共に考え、時には厳しい現実を直視する手助けをし、そして戦略的な「逃げる」選択肢をも肯定できる、真のパートナーでありたい。そして、顧問先にとって「信用」できる存在となれるよう、努めていきたい。