情報の波を乗りこなす羅針盤 〜税理士版『News Diet』のすすめ〜
毎年のように改正がある税法、そして、日々、めまぐるしく変化する経済状況。税理士は、常に最新情報をキャッチアップし、お客様に的確なアドバイスを提供することが求められます。しかし、その情報の波に、本当に「お客様のためになる本質」を見失ってはいないでしょうか?
ロルフ・ドベリ氏の著書『News Diet』を読みました。この本は、現代社会に溢れる「ニュース」との付き合い方を説き、情報過多がもたらす弊害から距離を置くことを提示しています。読み進めるうちに、著者の指摘が、税理士の業務姿勢や情報の捉え方にも通じるものがあると感じました。
「最新情報」という名の奔流
著者は、メディアが報じるニュースについて次のように述べています。
メディアは大げさに「ニュース速報」あるいは「世界のトップヘッドライン」と呼んだりもする。だが呼び方を変えたところで、これらの大部分はあなた個人の世界になんの関係もないという事実に変わりはない。大々的に報じられているニュースほど、あなたにとっての重要度は低いと思っていい。
これは、税務の世界にも当てはまるのではないでしょうか。「最新の税制改正」「注目すべき判例」「話題の節税スキーム」等、私たちの周りにも、日々多くの情報が「重要」と銘打って流れてきます。もちろん、法改正への対応など、専門家として押さえておくべき情報はあります。しかし、それらすべてが、目の前のお客様一人ひとりにとって、本当に「重要」なのでしょうか?
メディアが読者の興味を引き、売上を伸ばすために「新しいもの」を「重要」と見なすように、私たちも無意識のうちに、情報の新しさや話題性にとらわれているのかもしれません。
編集者はそれ以降、読者の興味をかき立て、新聞の売り上げにつながるものはすべて、「伝える価値のあるもの」と見なすようになったー それが重要かどうかとは関係なく。新しいものを重要なものと称して売るという、この根本的な欺瞞に関しては、今日まで何ひとつ変わっていない。
税理士の役割は、単に新しい情報を右から左へ流すことではありません。その情報が、個々のお客様の状況においてどのような意味を持つのか、どのような影響を与えるのかを深く考察し、取捨選択して伝えることが重要です。
「能力の輪」を磨き、専門性を深める
では、情報の洪水の中で、税理士はどのように進むべき道を見定めればよいのでしょうか。著者は「能力の輪」という概念を提示します。
広く学ぶのではなく、深く学ぼう。重要度が高く、加えてあなたの「能力の輪」にかかわりのあるテーマに取り組むといい。
ウォーレン・バフェット氏も用いるこの概念は、「自分が並外れた能力を発揮できる得意分野」を指します。
自分の能力の輪を知り、そのなかにとどまること。輪の大きさはそれほど大事ではない。大事なのは輪の境界がどこにあるかをきちんと把握することだ。
税理士として、広範な知識を求められますが、すべてにおいて第一人者になることは不可能です。大切なのは、自身の強みや専門分野、すなわち「能力の輪」を明確に認識し、その分野をとことん深掘りすることではないでしょうか。
「能力の輪」の境界が明確なら、脳に取り入れるべき情報と、ごみ箱行きの情報を簡単に識別できる。(中略)どんな職業の分野においても、「能力の輪」の内側に属する専門メディアには必ず目を通すべきだが、「能力の輪」の外側にあるものは無視するのが一番だ。
自分の専門分野に関する情報は徹底的に学び、それ以外の情報は意識的に取捨選択する。そうすることで、専門性が高まり、より質の高いサービスを提供できるようになります。同時に、情報収集に費やす時間を最適化し、お客様と向き合う時間や深く思考する時間を確保することにも繋がります。
お客様にとっての「トリュフ」を見つけ出す
著者は、私たちが日々消費する膨大なニュースの中で、本当に人生の決断に役立ったものがどれだけあるか問いかけます。
あなたがこの一年でむさぼり読んだニュースは、およそ二万本にのぼるだろう。(中略)正直に答えてほしい。そのなかに、あなたが自分の人生や家族や、キャリアや健康やビジネスに関して、よりよい決断を下すのに役立ったニュースはあっただろうか。そのニュースを読んでいなかったら、下せていなかったと思える決断はあるだろうか。
税務に関する情報も同様です。いくら価値のある情報でも、お客様の状況やニーズに合っていなければ意味がありません。税理士は、情報の受け手であるお客様の状況を深く理解し、数多の情報の中から、そのお客様にとって本当に価値のある「たったひとつのトリュフ」を見つけ出し、届ける存在であるべきだと考えます。
厳密な狭義の意味でいう重要なものとは、「よい決断を下すのに役立つもの」だ。
税理士は、単なる情報の伝達者ではなく、お客様のより良い意思決定を支援するパートナーです。そのためには、表面的な情報に惑わされず、物事の本質を見極める深い洞察力が不可欠です。
「深く考える時間」を取り戻す
『News Diet』は、ニュースを断つことで、膨大な時間を生み出せると説きます。
あなたは以前よりも一日あたり九〇分、余分に時間を手に入れたことになる。一週間分あわせると、一日の労働時間に相当する。控えめに見積もっても、あなたには一年につき一か月以上もの余分な時間ができることになる。
税理士も、情報のインプットだけに時間を費やすのではなく、意識的に情報を取捨選択し、「深く考える時間」を確保する必要があると思います
手に入れた時間を使って集中して思考をめぐらせれば、あなたはニュースを消費している仲間たちには見えていない「ものごとのつながり」をさぐり当てることができる。
目先の情報に振り回されることなく、お客様が抱える課題の本質は何か、どのような解決策が最適か、じっくりと思考を巡らせる。その時間こそが、真に価値のある提案を生み出す源泉となるのではないでしょうか。
まとめ 情報デトックスで、本質を見抜く力
『News Diet』は、ニュースの本質を「新しいが重要ではないもの」と見抜き、情報との距離の取り方を教えてくれます。この考え方は、情報が氾濫する現代において、税理士が専門家としてどうあるべきかを示唆してくれます。
それは、情報の新しさや量に惑わされず、お客様にとっての真の重要性を見極めること。税理士自身の「能力の輪」を認識し、専門性を深く追求すること。情報の取捨選択を行い、「深く考える時間」を確保すること。お客様の状況を深く理解し、最適な意思決定をサポートすることです。
数えきれないほどのニュースよりも、たった一冊の良書のほうが何千倍もあなたの人生と健康のためになる。
この言葉を借りれば、「数多くの断片的な税務情報よりも、お客様一人ひとりに最適化された、深く考察された一つのアドバイスの方が何千倍も価値がある」と言えるでしょう。
自分にとって何が重要かを自分で決断する自由は、よい人生の基本要素だ。(中略)現代では、「より少ない」ことにこそ豊かさがあるのだ。
情報の洪水の中で方向性を見失わず、お客様にとって本当に価値のあるものを提供し続ける。そのために、税理士として自分自身も、情報の「News Diet」を実践し、本質を見抜く力を養っていく必要があると認識しました。