お客様との対話で見つける「最適解」- 税理士が『「みんな違ってみんないい」のか?』から学んだ姿勢
こんにちは。栃木の税理士伊沢です。
日々、税理士として多くのお客様とお話しさせていただく中で、様々な価値観や状況に触れています。お客様一人ひとりのご要望に寄り添うことは当然のことですが、時として「本当にこれで良いのだろうか?」と立ち止まって考える場面もあります。
そんな中、山口裕之氏の著書『「みんな違ってみんないい」のか?』を読み、特に下記の文章が心に響きました。
「正しさは人それぞれ」や「みんなちがってみんないい」という主張は、本当に多様な他者を尊重することにつながるのでしょうか。そもそも、「正しさ」を各人が勝手に決めてよいものなのか。
この言葉は、多様性が重視される現代において、私たちが安易に口にしがちなフレーズに一石を投じるものです。そして、この問いかけは、税理士としての業務姿勢や在り方を考える上でも、非常に示唆に富んでいると感じ、税理士業務における「正しさ」との向き合い方について考えてみたいと思います。
「人それぞれ」では済まされない専門家の責任
税理士の仕事は、お客様の税務や会計に関するサポートを行います。お客様の状況やご希望は様々であり、まさに「みんな違う」状況に対応していく必要があります。しかし、だからといって、全てを「人それぞれ」で片付けてしまって良いのでしょうか?
山口氏は著書の中で、両立しない意見の中から一つを選ばなければならない場面があることを指摘しています。
世の中には、両立しない意見の中から、どうにかして一つに決めなければならない場合があります。(中略)「みんなちがってみんないい」というわけにはいかないのです。
税務や会計の世界にも、税法や会計基準など、いわば社会的な「正しさ」が存在します。お客様の「こうしたい」という希望が、必ずしも法的なルールに合致するとは限りません。もし税理士が「お客様の言うことだから」「人それぞれだから」と安易に受け入れてしまったら、どうなるでしょうか? それは、結果的にお客様に不利益をもたらしたり、法的なリスクを負わせてしまったりする可能性があります。
山口氏は、「正しさは人それぞれ」という考え方が、権力を持つ者の都合の良いように解釈され、力による決定を正当化しかねない危険性も指摘しています。
「正しさは人それぞれ」や「みんなちがってみんないい」といった主張は、多様性を尊重するどころか、異なる見解を、権力者の主観によって力任せに切り捨てることを正当化することにつながってしまうのです。これでは結局、「力こそが正義」という、困った世の中になってしまいます。
税理士は、税法や会計基準という「正しさ」の根拠に基づき、お客様にとって何が最善かを考え、説明する責任があります。それは、単にお客様の言いなりになることではなく、専門家としての知識と倫理観をもって判断し、時にはお客様に異なる意見を提示することも含みます。安易な「人それぞれ」は、専門家としての責任放棄につながりかねません。
「正しさ」は共に見つけていくもの
では、どうすれば良いのでしょうか? 山口氏は、「正しさは人それぞれ」でも「真実は一つ」でもなく、「正しさはみんなで作っていくもの」だと主張します。
私は、「正しさは人それぞれ」でも「真実は一つ」でもなく、人間の生物学的特性を前提としながら、人間と世界の関係や人間同士の間の関係の中で、いわば共同作業によって「正しさ」というものが作られていくのだと考えています。それゆえ、多様な他者と理解し合うということは、かれらとともに「正しさ」を作っていくということです。
これは、税理士とお客様の関係にも当てはまる考え方ではないでしょうか。税理士は一方的に「正解」を教える存在ではなく、お客様の状況や想いを深く理解し、専門的な知識を提供しながら、対話を重ねることで、共に「より正しい」道を探していくパートナーではないかと考えます。
ともに「正しさ」を作っていくということは、そこで終了せずに踏みとどまり、とことん相手と付き合うという面倒な作業です。相手の言い分を受け入れて自分の考えを変えなければならないこともあるでしょう。それでプライドが傷つくかもしれません。しかし、傷つくことを嫌がっていては、新たな「正しさ」を知って成長していくことはできません。
お客様との対話は、時に時間と労力がかかります。意見が食い違うこともあります。しかし、そこで「まあ、人それぞれだから」と対話を打ち切るのではなく、粘り強く相手を理解しようと努め、自身の考えも丁寧に説明する。その過程こそが、真の信頼関係を築き、お客様にとって、「より正しい」結果を導き出す鍵となります。
専門家として「より正しい正しさ」を求め続ける
山口氏は、「絶対正しいことなんてない」という言葉の危うさにも言及しています。
「絶対正しいことなんてない」とか「何が正しいかなんて誰にも決められない」などというのがあります。これらの言葉を言う人たちは、どうやら「ちょっと気の利いた、よいことを言っている」と思っているようなのですが、私はこうした言葉を聞くたびに背筋が寒くなります。こうした言葉は、より正しいことを求めていく努力をはじめから放棄する態度を示しているように思われるからです。
確かに、税法や会計基準、そしてその解釈が変更されることもあり、絶対的な正解がないように見えるかもしれません。しかし、だからこそ、税理士は常に「より正しい正しさ」を追求し続ける必要があると思います。
「絶対正しいことなんてない」からこそ、「より正しいこと」を求めていかなくてはなりません。そして、「正しい事実」は個々人が人それぞれに決めるものではなく、これまでの知識体系をもとにみんなで作っていくものです。それゆえまず、「現時点で正しいとされていること」をきちんと知ることから始めなくてはならないのです。
税理士は、常に最新の税法や会計基準を学び続け、「現時点で正しいとされていること」を把握する努力が不可欠です。そして、一つの情報源や見解に偏らず、複数の専門家の意見を参照し、多角的な視点を持つことも重要です。
複数の専門家の見解を調べてみるということです。(中略)そうして調べていくうちに、専門家たちの大勢がどのように考えているのかがわかってきます。
安易な「人それぞれ」論に流されることなく、事実と論理に基づき、お客様にとって何が最善かを考え抜く。その地道な努力こそが、専門家としての信頼に繋がります。
「人それぞれ」から一歩踏み出す勇気
『「みんな違ってみんないい」のか?』を読み、改めて「正しさ」について深く考えさせられました。
税理士業務において、「みんな違う」お客様一人ひとりに寄り添うことは大前提です。しかし、それは安易な「人それぞれ」で思考停止することではありません。
「人それぞれ」と言ってしまいたくなったときにも踏みとどまって、相手のことを理解し自分のことを理解してもらおうとする努力を放棄しないことです。
専門家としての知識と倫理観に基づき、お客様との対話を大切にし、共に「より正しい」道を探求していく。時には難しい判断を迫られることもありますが、その努力を怠らないことこそが、お客様からの信頼に応え、社会に貢献する税理士の本来あるべき姿なのではないかと考えます。