『国運の分岐点』を参考に、中小企業の生産性向上を支援する税理士の役割

『国運の分岐点』という本をご存知でしょうか?著者のデービッド・アトキンソン氏は、日本の経済状況を独自の視点で分析し、従来の常識にとらわれない大胆な提言を行っていることで知られています。

中でも私が特に注目したのは、「中小企業崇拝の廃止」 という言葉です。アトキンソン氏は、日本経済の低迷の要因として、中小企業の生産性の低さを挙げ、次のように述べています。

日本にとって最大の問題は生産性が低いことですが、「生産性問題は中小企業問題」だと考えるからです。日本では、技術がありながら、社員が少ない小規模の「町工場」のような中小企業を応援することが、日本経済を元気にするのだと語られています。先ごろ人気を博したドラマ「下町ロケット」などはその典型例です。ただ、残念ながらこれは1945年に始まった旧グランドデザインに基づいた古い考え方と言わざるを得ません。

そして、その解決策として 「強い中堅・大企業」 への転換を提言しています。

これからの「人口減少社会」では「すべての中小企業を守る」「中小企業護送船団方式」という考え方は通用しません。むしろ、「すべての中小企業を守る」ことに固執するようでは、中小企業を救うどころか、逆に多くの人を不幸にしてしまうのです。

これは、従来の「中小企業保護」という考え方からの大きな転換を意味し、多くの議論を呼ぶ内容となっています。

 

人口減少時代の到来と中小企業の課題

アトキンソン氏の分析の根底にあるのは、「人口減少」 という避けられない現実です。日本は、少子高齢化の進展により、生産年齢人口が減少の一途をたどっています。この人口減少は、消費の縮小、労働力不足、社会保障費の増大など、様々な問題を引き起こします。中小企業も例外ではなく、後継者不足、人材確保難、資金繰り悪化など、多くの課題に直面しています。

アトキンソン氏は、この状況を次のように表現しています。

日本にとって明治維新は、とんでもない時代の変化でしたが、これからの日本の人口減少時代はそれよりも何十倍も何百倍も大変な変化です。なにせ、3264万人という膨大な数の労働者が減少するという、これまで直面したことのない事態が起きるのです。

従来型の「中小企業支援」では、もはやこの状況に対応しきれないことは明らかです。では、具体的にどのような問題が起こるのでしょうか?

アトキンソン氏は、中小企業の規模が小さいことが、生産性向上を阻害する要因の一つだと指摘しています。

小さな会社に、ペーパーレスで画期的な経理システムを導入することにどれほどの効果が望めるでしょうか。売り上げや経費もそれほど大きくないので、わざわざ最先端会計ソフトを導入するまでもなく、これまで通りの「紙」でも十分やっていけます。小さな企業が、コストと時間をかけて最先端技術を入れるメリットはありません。つまり、「効率の悪い方法でもやろうと思えばやれてしまう」という規模の小さな企業が世に溢れていることが、最先端技術の普及を阻むという、皮肉な現象が起きているのです。企業の規模が小さくなればなるほど、技術を買うお金がないうえ、買うつもりもない。仮に買っても活用できない。

アトキンソン氏が指摘するように、生産性向上が期待できるITツールがあっても、それを使いこなす人材や資金が不足している状況では、そもそもその技術を活かせず、そのような状況で導入してもなんら生産性向上に繋がらないことは経験上明らかです。

また、中小企業が多すぎることで、市場の非効率性が生じているとも述べています。

巷に小さな企業があまりにも氾濫するようになったので、中堅企業1社でやれるような仕事をミクロ企業3社でやるようになったのです。

これらの問題点は、人口減少時代において、より深刻化していく可能性があります。

 

税理士は中小企業にどう関わるべきか

では、税理士である私たちは、どのように顧問先である中小企業と関わっていくべきでしょうか?

アトキンソン氏の主張は、「中小企業を保護する」という従来の考え方からの転換を迫るものです。しかし、それは決して「中小企業を見捨てる」ということではありません。むしろ、中小企業が 「真に強い企業」 へと成長していくための支援こそ、私たち税理士の使命と言えるでしょう。

従来の税理士業務は、税務申告や会計処理といった、いわば「守りの業務」が中心でした。しかし、これからの時代は、中小企業の 「攻めの経営」 をサポートする 「戦略的パートナー」 としての役割が求められているのではないでしょうか。

具体的には、以下の3つのポイントを意識することが重要だと思います。

・生産性向上を意識したアドバイスをする
従来のように、節税対策や税務申告だけにとどまらず、中小企業の生産性向上を促すアドバイスを行う必要があります。そのためには、私たち税理士自身が、経営に関する幅広い知識を習得し、常に最新の情報にアンテナを張っておくことが重要です。

・生産性向上に繋がるIT導入支援をする
クラウド会計ソフトや業務効率化ツールの導入を支援し、顧問先のデジタル化を促進できるようITに関する研鑽をすることが必要です。

・生産性向上のため「選択と集中」の支援をする
アトキンソン氏が指摘するように、中小企業は「選択と集中」によって、限られた経営資源を有効活用していく必要があります。私たちは、顧問先である中小企業の強み・弱みを把握し、M&Aや事業承継など大胆な経営判断をサポートしていく必要があります。

アトキンソン氏は、税理士の役割について次のように苦言を呈しています。

税理士などは中小企業や小規模事業者の経営者に対して、税制上の優遇があるので一定数以上大きくしないほうがいい、というアドバイスを必ずします。私自身も耳にタコができるほど聞かされています。

これからの税理士の役割は、税制上の優遇面ばかりを強調し中小企業の成長を阻害するのではなく、先に述べたような「攻めの経営」 をサポートする 「戦略的パートナー」 としての役割を担うべきだと考えます。

 

中小企業の「未来」を支援する

アトキンソン氏は、中小企業の未来について次のように述べています。

「中小企業は日本の宝」と持ち上げるのをやめて、「伸びる企業が日本の宝」に頭を切り換えなければいけません。

アトキンソン氏の提言するように、中小企業が「日本の宝」へと成長するためには、「選択と集中」 が不可欠です。限られた経営資源を有効活用し、競争力を強化することで、厳しい時代を生き抜くことが期待できます。

税理士は、中小企業の成長を支援することで、その未来を共に築いていく役割を担うことが求められていると思います。

 

まとめ

アトキンソン氏の『国運の分岐点』は、私たち税理士に、中小企業支援のあり方について、改めて深く考えるきっかけを与えてくれます。

中小企業を取り巻く環境は、大きく変化しています。従来の考え方にとらわれず、変化に対応していくことが、生き残りのためには不可欠です。

私たち税理士は、顧問先である中小企業の「戦略的パートナー」として、その変化をサポートしていくことが求められています。