『モモ』が税理士に教えてくれた、数字の先にある大切なもの
こんにちは。栃木の税理士伊沢です。
河合俊雄著『(NHK100分de名著)ミヒャエル・エンデ モモ』を読みました。児童文学として有名な『モモ』ですが、河合氏の解説を通して読むことで、現代社会や私自身の生き方について深く考えさせられました。
多くの大人の読者は、灰色の男たちをアレゴリー(寓喩)としてとらえ、そこに『モモ』が持つ文明批判的な側面を見出すことでしょう。一方、子どもは文明批判にはあまり興味はないと思いますから、『モモ』は大人こそがその真価を理解できる作品といえそうです。
この言葉通り、大人になった今だからこそ響くメッセージが『モモ』には満ちています。特に、主人公モモの持つ力や、物語の中で語られる時間との向き合い方は、税理士の日々の業務における姿勢やお客様との関わり方にも、多くの示唆を与えてくれるのではないかと感じ、『モモ』から学んだことを、税理士業務にどのように活かせるか、考えてみました。
「聞くこと」の本当の意味と価値
物語の中で、モモは特別な魔法を使うわけではありません。彼女の持つ最大の力は、ただ相手の話を「聞く」ことでした。
小さなモモにできたこと、それはほかでもありません、あいての話を聞くことでした。なあんだ、そんなこと、とみなさんは言うでしょうね。話を聞くなんて、だれにだってできるじゃないかって。
でもそれはまちがいです。ほんとうに聞くことのできる人は、めったにいないものです。そしてこのてんでモモは、それこそほかにはれいのないすばらしい才能をもっていたのです。
(2章 めずらしい性質とめずらしくもないけんか)
河合氏は、このモモの力を心理療法家の仕事に喩えています。
人に話を聞いてもらうことで悩みが小さくなる。多くの人に似たような経験があるのではないでしょうか。(中略) では、なぜ人に話を聞いてもらうと気持ちが楽になるのでしょうか。私は、それが相手に何かを託すことができる行為だからだと思います。(中略) 相手の話を受け取るというのは、実はなかなかしんどいことです。ですから、聞き手はちょっと違う話をしたり、「こうしたらいいんじゃない?」とすぐにアドバイスをしたりして話を逸らします。(中略) しかしこれでは、話す側としては、本当に大事なところは受け取ってもらえていないと感じるでしょう。裏を返していえば、そこを託せたと思えるだけで人はだいぶ楽になるのです。
税理士の仕事も、お客様である経営者の話を聞くことから始まります。しかし、本当に「聞けている」でしょうか?試算表や決算書に記載されている数字の報告や節税など税務のアドバイスに終始してしまい、経営者が本当に抱えている悩みや、言葉にならない想い、将来への不安や希望といった「本当に大事なところ」を受け取れているでしょうか。
人の話を聞くなんてたいした能力ではないと思うかもしれませんが、聞き続けることは実は非常に難しいことです。というのも、人はついついアドバイスしたり、相手のいうことを否定したりしたくなってしまうからです。(中略) 善意からいったことですが、これではクライアント側に「自分の話を受け取ってもらえた」という実感は生まれません。
ついつい専門家として「正しい」アドバイスをしたくなる気持ちを抑え、まずはじっくりと耳を傾ける。モモのように、ただそこにいて、相手が安心して心の内を話せるような、そんな存在になること。それが、お客様との信頼関係を築く上で、何よりも大切な第一歩なのかもしれません。モモがそうであったように、聞き手が満たされているからこそ、相手の話を受け止められるのかもしれません。
とにかく、モモの心はこのように満ち足りていたのです。それこそが、モモが人々にパワーを与えることができた理由ではないでしょうか。つまり、空っぽの心で相手に話を合わせているわけではなく、自分の中に星々や音楽が満ちているからこそ、相手の話をいつまでも聞くことができたのです。
税理士自身が心に余裕を持ち、豊かな内面を育むことが、結果的にお客様へのより良いサポートに繋がるのではないでしょうか。
時間効率化の罠と「今ここ」に集中すること
『モモ』に登場する「灰色の男たち」は、人々に時間を節約させ、その時間を盗んでいきます。効率化によって生まれたはずの時間は、人々の手元には残らず、むしろ忙しさが増していくという皮肉な状況が描かれます。
時間を節約したはずなのに余裕は生まれない。私たちの生活においても、しばしば実感されることではないでしょうか。(中略) では、そのぶん私たちに時間の余裕ができたかというと、そんなことはまったくありませんね。節約した時間に新しい仕事がどんどん入り、私たちはますます忙しくなっています。時間を節約できたところで、結局手元に残ることはないのです。これが示唆するのは、近代において時間の節約をして得をするのは、個人ではなくシステムの側だということです。(中略) 人間がツールを使っているのではなく、人間がシステムに使われているのです。(中略) 私たちは便利になったと思っているが、実際はシステムに利用されており、結局個人は幸せにならない。これが灰色の男たちのもたらすロジックです。
税理士業界も、IT化やAI導入など、効率化へと進む波が押し寄せています。もちろん、効率化によって生産性を上げることは重要です。しかし、その効率化が目的になってしまい、お客様一人ひとりと向き合う時間が削られてしまってはいないでしょうか?灰色の男たちのロジックに、税理士自身が陥っていないでしょうか?
たしかに時間貯蓄家たちは、あの円形劇場あとのちかくに住む人たちより、いい服装はしていました。お金もよけいにかせぎましたし、つかうのもよけいです。けれども、ふきげんな、くたびれた、おこりっぽい顔をして、とげとげしい目つきでした。
(同前)
効率や利益だけを追求した結果、大切な「豊かさ」が失われてしまう。これは、現代社会全体への警鐘とも言えます。
そんな灰色の男たちの対極にいるのが、道路掃除夫のベッポです。彼は、目の前の一歩一歩に集中することの大切さを語ります。
「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな?つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」またひと休みして、考えこみ、それから、「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」
(4章 無口なおじいさんとおしゃべりな若もの)
河合氏は、これを禅の修行や「現時充足的な時」と結びつけます。
先のことを考えると自分が「今ここ」にいなくなるからです。「ここ」にいないから、「今」がつまらなく、むなしく感じるのです。ベッポが体現しているのは、瞬間瞬間が充実した時間です。
税理士業務においても、目先の数字やタスク、期限に追われるだけでなく、目の前のお客様、一つ一つの業務に丁寧に向き合う姿勢が大切なのではないでしょうか。効率化はあくまで手段であり、目的はお客様の発展と幸福に貢献すること。ベッポのように、「今ここ」に心を込めて取り組むことで、仕事そのものに喜びを見出し、結果として質の高いサービスを提供できるのかもしれません。
「タイミング」を見極める力と「無になる」勇気
物語の中で、モモの友人ジジたちは、灰色の男たちに対抗しようとデモ行進を行いますが、うまくいきません。
積極的な動きを見せたジジたちのデモ行進がうまくいかなかったのは、行動が早すぎたためでしょう。何か問題が起きた時、アクション抜きに解決することはありませんが、早すぎるアクションは失敗に終わることがありますね。行動を起こすのにもタイミングがあるのです。(中略) やはり時が熟さないといけないのです。
これは、税理士業務におけるアドバイスや提案にも通じるものがあります。良かれと思って早急に解決策を提示しても、お客様の状況や心の準備が整っていなければ、受け入れられなかったり、かえって混乱を招いたりすることもあります。
なぜ早すぎるとうまくいかないのでしょうか。それは、心の問題にしても社会問題にしても、事はそう単純ではないからです。(中略) 表面だけを見てアクションを起こしてもうまくはいきません。(中略) そんな時に重要になるのは、発言の中身よりもタイミングにほかなりません。長く膠着状態にあったとしても、何かの拍子ですべてが味方するタイミングがあるものです。
お客様の状況を深く理解し、最適な「タイミング(カイロス、星の時間)」を見極めること。焦らず、じっくりと機が熟すのを待つ姿勢も時には必要です。
ホラによれば、たいていの人間は「星の時間」を逃しています。(中略) 大事なのは「今だ」ということを感じること、そこでちゃんと動けることです。何かと理由をつけて動かない人は「星の時間」を逃すことになります。もちろん早まって動きすぎるのもだめなのですが。
そして、行き詰まった時には、一度すべてを手放し、「無になる」ことの重要性も説かれています。
すべてのアクションをいったんやめてしまうことを意味します。(中略) いろいろと方策を考えて、あれこれ思案し続けるのではなく、全部をあきらめたところから変化が起こる。(中略) 厳しいいい方をすれば、早すぎたアクションとは、既成のやり方やシステムを参照しただけの浅はかな考えから生まれるものです。それがうまくいかないのであれば、一度すべてを無にしなければなりません。
私も、既存の知識や経験、思い込みにとらわれてしまうことがあります。そんな時、一度立ち止まり、ゼロベースで考え直す勇気を持つこと。モモが眠りにつくことで新たな力を得るように、「無になる」ことで、本質的な解決策や新しい視点が見えてくるのかもしれません。
真実の共有と信頼関係
灰色の男たちは、モモを無力化するために、彼女の友人たちを狙います。このことから、逆説的に「共有」の大切さが浮かび上がります。
ここで灰色の男は非常に重要なことをいっています。モモを従わせるには、モモでなくその友達を押さえればいい。つまり、いくら真実を知る存在がいても、一人では何の意味もないことを示唆しているのです。真実は誰かと共有しなければ意味がありません。(中略) 人と何かを共有することが、豊かな時間をつくり出す。その事実が、ここで逆説的に浮かび上がってきました
税理士は専門知識を持つ存在ですが、その知識をただ持っているだけでは意味がありません。お客様に分かりやすく伝え、過去や、現状の課題、そして未来を共有し、共に考えるパートナーとなることが重要です。
一方で、物語後半のジジのエピソードは、共有のあり方について警鐘を鳴らします。
例えば、物語の後半でジジは、モモのために残しておいた話を全部人に話してしまいます。これは、ある意味で魂を売る行為でした。二人を特別な関係にしていた「二人だけのもの」を自ら捨ててしまったのですから。(中略) とにかく不特定多数に向けて自分の話をし続けていて、モモとジジのような「二人だけのもの」と呼べるような話はなくなっているように思います。
税理士とお客様の間には、守秘義務に代表されるような、他には話せない「二人だけのもの」とも言える深い信頼関係が必要です。情報をオープンにすることと、守るべき信頼関係の境界線をしっかりと意識することが、専門家としての倫理観にも繋がります。
まとめ:『モモ』が問いかける、これからの税理士像
『モモ』の世界は、現代社会が抱える問題を鋭く映し出しています。
現代文明と現代の人間のあり方は、どうしても灰色の男たちを生み出してしまう傾向を持っている。
税理士も、効率化や利益追求といった「灰色の男たちの論理」と無縁ではいられません。しかし、そんな時代だからこそ、『モモ』が示すような、人間本来の豊かさや他者との深い繋がりを見つめ直す必要があるのではないでしょうか。
われわれのこころの根底にあるいのちと時間の根源に触れて、もう一度われわれや世界が生まれ直すことは大事です。『モモ』という物語は、その一つのモデルを示してくれています。
ただ数字を扱うだけでなく、岡y草間の心に寄り添い、その声に真摯に耳を傾ける。効率化に流されず、「今ここ」にある業務や関係性を大切にする。最適なタイミングを見極め、時には「無になる」勇気を持つ。そして、お客様との間に信頼関係を築き、真実を共有していく。
『モモ』から学んだこれらの姿勢は、これからの時代に求められる税理士像を考える上で、大きなヒントを与えてくれるように思います。「最近忙しいな」と感じた日々の業務に追われるタイミングこそ、ふと立ち止まり、『モモ』の世界に触れてみる。それは、自分自身の働き方や生き方を見つめ直す、貴重な時間となると思います。