数字の向こう側にある「心」 税理士が『こころの処方箋』から学ぶこと

河合隼雄氏の著書『こころの処方箋』から得た気づきを、税理士業務における姿勢や在り方にどのように活かせるか、というテーマで考えてみます。

「人の心はわからない」という専門家の確信

『こころの処方箋』の中で、特に印象に残った一節があります。

一般の人は人の心がすぐわかると思っておられるが、人の心がいかにわからないかということを、確信をもって知っているところが、専門家の特徴である、などと言ったりする。

私たち税理士は、数字を扱う専門家ですが、その数字の背後には必ず「人」がいます。経営者の方、従業員の方、そしてそのご家族。税務や会計の知識だけでなく、「人の心」への理解が、より良いサービスを提供するためには不可欠だと感じています。

しかし、河合氏は、専門家は「人の心がわからない」ことを確信している、と仰います。

一般の人は、ちょっと他人の顔つきを見るだけで、「悪い人」とか「やさしそうな人」とわかったように思う。これに対して、専門家はどれほどやさしそうに見える人でも、ひょっとすると恐ろしいところがあるかも知れない、と思う。あるいは、怖い顔つきの人に会っても、あんがいやさしい人かも知れない、と思っている。

この言葉は、私たち税理士が、お客様に対して安易な判断を下さず、常に多角的な視点を持つことの重要性を示唆しています。例えば、節税対策一つとっても、その背景には経営者の様々な思いや事情があります。表面的な数字だけを見るのではなく、その奥にある「心」に寄り添い、共に未来を考える姿勢が大切なのではないでしょうか。

「未来の可能性」に注目する

河合氏は、人の心を判断したり分析したりするのではなく、「未来の可能性」に注目することの重要性を説いています。

一番大切なことは、われわれがこの少年の心をすぐに判断したり、分析したりするのではなく、それがこれからどうなるのだろう、と未来の可能性の方に注目して会い続けることなのである。

これは、税理士業務においても非常に大切な視点です。例えば、創業間もない企業の経営者の方と接する際、現状の財務状況だけで判断するのではなく、その方のビジョンや情熱、そして将来の成長可能性に目を向けることが重要です。

速断せずに期待しながら見ていることによって、今までわからなかった可能性が明らかになり、人間が変化してゆくことは素晴らしいことである。

お客様の「未来の可能性」を信じ、共に歩む中で、私たち税理士自身も成長できる。そんな関係性を築いていきたいものです。

「ふたつよいことさてないものよ」の法則

人生、良いことばかりではありません。河合氏は、「ふたつよいことさてないものよ」という法則を、ユーモラスに語っています。

「ふたつよいことさてないものよ」というのは、ひとつよいことがあると、ひとつ悪いことがあるとも考えられる、ということだ。抜擢されたときは同僚の妬みを買うだろう。宝くじに当るとたかりにくるのが居るはずだ。

税理士業務においても、例えば、大幅な節税に成功したとしても、その裏には会社資金の流出による財務状況の悪化など新たなリスクが潜んでいるかもしれません。良いことばかりに目を奪われず、常にバランス感覚を持ち、リスクを予測し、事前に対応策を講じることが大切です。

ふたつよいことがさてないもの、とわかってくると、何かよいことがあると、それとバランスする「わるい」ことの存在が前もって見えてくることが多い。それが前もって見えてくると、少なくともそれを受ける覚悟ができる。

この「覚悟」こそが、専門家としての責任感であり、お客様からの信頼に繋がるのではないでしょうか。

「絵に描いた餅」の価値

河合氏は、「絵に描いた餅」、つまり、ヴィジョンを持つことの大切さを説いています。

絵に描いた餅とは、ヴィジョンである、とも言える。現物の個々の餅つくりに心を奪われるあまり、餅についてのヴィジョンをもつことの大切さを忘れるのである。

私たち税理士は、日々の業務に追われがちですが、目の前の数字だけでなく、お客様の「絵に描いた餅」を共有し、共に実現に向けて伴走することが、真の価値提供に繋がるのではないでしょうか。

食べることにのみあくせくせず、絵に描いた餅の鑑賞力を磨くことを心がけることが、これからますます大切になることだろう。

「理解のあるふり」をしない

子どもを真に理解することは、大変素晴らしいことである。しかし、真の理解などということは、ほとんど不可能に近いほど難しいという自覚が必要である。そんな難しいことの真似ごとをやるよりは、まず自分がしっかり生きることを考える方が得策のように思われる。

お客様を理解することは重要ですが、「わかったつもり」になることほど危険なことはありません。まずは自分自身の足元を固め、専門家として、そして一人の人間として、誠実にお客様と向き合うことが大切です。

「黙って耐える」のではなく、「話し合いを続ける」

黙っているのではなく、もし、ものを言いはじめたのなら、そこから困難な話合いを続行してゆく覚悟が必要と思われる。

税理士は、お客様にとって言いにくいことを伝えなければならない場面もあります。しかし、それは「最後通告」ではなく、そこから「困難な話合い」を始めるための第一歩です。

努力によってものごとは解決しない

子どものためにできる限りの努力をした、などという人に会うと、この人は、解決するはずのない努力をし続けることによって、何かの免罪符にしているのではないか、と思わされることがある。それは、何の努力もしないで、ただそこにいる、ということが恐ろしいばかりに、努力のなかに逃げこんでいるのではないか、と感じられるのである。

税理士として、努力は当然のことですが、「努力している」という自己満足に陥らないように注意が必要です。「ただそこにいる」ことの難しさを自覚し、お客様の状況を深く理解し、共に考える姿勢が大切です。

まとめ

河合氏の『こころの処方箋』は、税理士業務においても、多くの示唆を与えてくれます。「人の心はわからない」という謙虚な姿勢や、「未来の可能性」に注目する視点、「バランス感覚」と「覚悟」、「ヴィジョン」を共有すること、「誠実さ」と「話し合い」、「努力」の意味を問い直すこと。これらの教えを胸に、これからもお客様に寄り添い、共に成長できる税理士を目指していきたいと思います。