行動時間の増加と思考の拡張で税理士としての価値提供を図る 〜『すべてはノートからはじまる』倉下忠憲著 を読んで〜

検討する時間を削減し、行動する時間を増やすこと

人間は、何かを決めないと行動に移せません。行動より先に決定があります。よって、大切なのは決めることです。正しいかどうかわからないから決められない、というのではどんな行動も起こせません。行動が起こせなければ、それが正しいのかどうかも判断できないわけですから、堂々巡りです。そこから抜け出すことは叶いません。ですので、完全完璧な合理的判断ではなくても、客観的に正しいと言い切れなくても、とりあえず決めてしまうことです。決めた後に、さらに検討すればいいのです。

税理士として独立開業すると、誰かが自分の行動を決めるわけではなく、自分で自分の行動を決めることになります。

失敗したくはないため、行動を起こす前に検討し、絶対に成功するだろうと確信した時にはじめて行動を起こしたいものです。

しかしながら、絶対に成功すると確信に至ることはなく、確信することを待っていたのではいつまで経っても行動が起こせません。そのため、常に不安をかかえたまま行動を起こすことになります。

成功の確信がなく不安をかかえたまま行動に移した経験として、例えば税理士業務で使用する会計ソフトの変更があります。

税理士業務を遂行するには会計ソフトはなくてはならないシステムといえます。そのため、会計ソフトには多くの選択肢があるなか、どの会計ソフトを導入するのかは重要です。各会計ソフトで料金はもちろんのこと、使用感や、得意不得意なこと、目指す方向性が違うためです。

独立時には忙しさにかまけて、深く検討することなく独立前に勤めていた会計事務所で使用していた会計ソフトを導入しました。

これまで使用していた会計ソフトを導入することは、使い慣れたシステムであるので操作方法がわからないといったストレスがなくスムーズに業務を進めることができます。

しかし、税理士として経験を積むにつれ、この会計ソフトで出来る事と出来ない事や、その会計ソフトが目指す方向性が自分の税理士としての方向性と乖離し始めました。

そのため、自分の方向性と合致するような会計ソフトを検討したのですが、机上でいくら検討しても絶対にこの会計ソフトが正解であるといった確信が持てません。

長年慣れ親しんできた会計ソフトからわざわざ変更するのだから失敗したくない。やはり以前の会計ソフトの方が良かったと後悔したくない。さらには、会計ソフトの変更はお客様にとっても影響があることなのでなおさら慎重になります。

このままでは、いつまでたっても変更することができないと考え、ある時点で検討する事を一旦やめて会計ソフトの変更に踏み切りました。

結果としては、新しい会計ソフトに変更することで新たな価値提供が可能になり成功を実感する部分もあれば、以前の会計ソフトの方が長けていたことを知る部分もありました。しかし、会計ソフトの変更は自分の方向性と合致することにつながり、総じて成功したといえます。これらはすべて、行動が伴ってはじめて明らかになったことです。

事前に検討することはもちろん大事ですが、実際に行動することで初めてわかるものがあることを痛感しました。

失敗を恐れるあまり行動することをためらってしまいますが、事前の検討には限界があり行動しないとわからないことが多々あるということを理解しました。

事前に検討することは大事だが、検討することに過剰に時間を使う事をやめよう。

検討する時間と行動に移す時間、それぞれの時間配分を見直し、過剰になりがちな検討する時間を削減し、行動する時間に充てようと考えます。

「完全な考えに至ってから行動に移そう」と考えていては、いつまでたっても行動には移せない、ということです。求めている条件が満たせないのですから、必然の結果でしょう。言い換えれば、私たちは不完全な中でしか行動に移せないのです。計画を立てたり、準備を進めたりしても、それによって完全完璧に至れるわけではありません。だからどこかの段階で、「考える」を中断して、えいやと行動に移す必要があります。当然、うまくいかないことも出てきますが、それは仕方がありません。私たちが人間である以上受け入れるしかない不完全性です。また、「どこかの時点では考えるのを止めて、行動に移すしかない」という状態に置かれているのは、自分だけではありません。身の回りのあらゆる人が同じ状態に置かれています。皆不完全な中で行動しているのです。よって、自らの不完全さを受け入れるのと同様に、他者の行動にも同様の不完全さがあることを受け入れるしかありません。行動とは、不完全であることと同義なのです。

あらゆる行動が不完全であり、思考もまた完全には至れないからこそ、私たちは考え続けなければなりません。少なくとも、どうせ不完全なのだから考えなくてもよいと投げ出してしまうのは早計でしょう。なにせ、まったく考えないことと、少し考えることには違いがあるのです。ただ、その「少し考える」をどれだけ積み重ねても、完全には至れません。ただそれだけの話です。それはつまり、思考においては「これ以上はもう考えなくてよい」という地点がないことを意味します。考える余地はいつでも残っているのです。ただ、現実的な状況においては、その余地をいったん捨て実行に移す必要があるのです。実行に移せば結果がわかり、その結果から新たに考えを進めていけるようになります

 

自分の思考を拡張することで、税理士としての価値提供を図る

たくさん本を読んだとしても、本の選択や読み方が問題となります。自分と同じ「思い」ばかりの本を読んでいても、思考は拡張されることなく、むしろ一つの「思い」ばかりが強まってしまうでしょう。また、自分の「思い」とは異なる「考え」が綴られていても、それを汲み取ろうとして読まない限りは自分の中に新たな「考え」が芽生えることはありません。よって、そのような読書をどれだけ続けても、最初の自分の「思い」からは一歩も抜け出せないでしょう。

自分と同じ「思い」ばかりに囲まれていないだろうか。本書の指摘にハッとします。

本を買う時に手に取るのは自分の好みの主張のものばかり。SNSでは自分に似通った主張のアカウントをフォローしているためタイムラインは自分の好みの主張が流れます。

このことは、自分と同じ「思い」に囲まれ、一方で、自分とは違う「思い」を目にすることなく日々を過ごしているといえます。果たしてこれで良いのでしょうか。

たしかに、自分と同じ「思い」の書籍やSNSなどの情報に触れることは、自分の考えの再確認とブラッシュアップにつながり、自分のことをより知るきっかけとなるものと考えます。

しかし、自分と同じ「思い」しか知らず受け入れないのは、多様な「思い」が存在する社会を生きていく上で窮屈であるし、不都合が生じるのではと危惧します。

例えば、税理士業を通じてお客様と接していると、みなさん様々な背景や考えを持ち、自分と違う多様な「思い」がある事を認識します。

それなのに、自分の「思い」に固執するあまり、自分とは違う「思い」への想像力が無いのではお客様に対する理解が伴わず、税務相談を受けても親身になったサポートができないのではないでしょうか。

これまでの自分の自分の「思い」に固執せず、その思考を拡張していくには、自分とは違う「思い」に触れる必要があると考えます。

自分とは違う「思い」に触れることで、新たな気づきや発見を得る。このことでこれまでと違った新たな考えが自分の中で芽生えるかもしれない。このことは、税理士としての価値提供の拡張にもつながると考えます。

今後は自分とは違う「思い」に積極的に触れていくことで、税理士としての思考の拡張を目指したい。