脱「おもてなし幻想」税理士が本当に提供すべきは「手間なし」サービス

顧客感動サービスよりも、顧客の手間を省くべき

『おもてなし幻想』(マシュー・ディクソン、ニック・トーマン、リック・デリシ共著)に登場するこの一節は、強く印象に残りました。長年の「おもてなし」を重視してきた日本のビジネス慣習を真っ向から否定するように思えるからです。しかし、本書は決して「おもてなし」を否定しているわけではありません。むしろ、従来の「おもてなし」を、事実に基づいた新たな手法で、さらに上のレベルへと引き上げるための指南書です。

本書の監修者が、あえて『おもてなし幻想』という邦題をつけたのは、「幻想」というくらいに、いままでの「おもてなし」を見直していかなければ、日本のビジネスは間違った方向へ進む危険性があると考えたからです。

顧客が税理士に求めているもの

私は税理士業務において、「顧客の期待を超えるサービスを提供すれば、顧客ロイヤルティが向上する」と信じており、これは他の税理士においてもこのように信じている方は少なくないと思います。しかし、本書では、「期待以上のサービスを受けた顧客と期待が満たされただけの顧客のロイヤルティには事実上差がまったくない」というデータが示されています。

9万7000人あまりの顧客の回答を分析してわかったのは、期待以上のサービスを受けた顧客と期待が満たされただけの顧客のロイヤルティには事実上差がまったくないということだ(図1・3参照)。「右肩上がり」でロイヤルティが飛躍的に上昇するのではなく、期待が満たされれば、その後ロイヤルティの伸びはむしろ横ばいになる。

顧客は、期待以上のサービスよりも、約束されたものがきちんと手に入ることを望んでいます。税理士業務で言えば、正確な期限内申告、適切な節税対策、迅速な相談対応など、基本的な業務を確実に遂行することが何よりも重要なのです。

顧客の観点からすると、何か問題が起きたときに心を支配しているのは、解決に力を貸してほしいという感情だということ。感動させる必要などないから、とにかく問題を解決してそれまでやっていたことを再びできるようにしてほしい。

顧客努力の軽減こそが鍵

本書のテーマは、「顧客努力を減らしてディスロイヤルティを緩和すること」です。顧客が感じる「面倒」「手間」を徹底的に排除することが、顧客ロイヤルティを高める最も効果的な方法だと説いています。

顧客に「期待以上のサービスだったよ」と言わせるよりも、「おかげで手間がかからなかったよ」と言わせるべきだ。違いがわかるだろうか?顧客ロイヤルティを低下させる要因を減らさなければならない。そのためのベストな方法が、顧客努力を減らすことなのだ。

税理士業務においても、顧客に無駄な手間をかけさせない工夫が求められます。

例えば、わざわざ事務所に来てもらったり郵送する手間をなくすため「オンラインでの資料提出・確認をする」こと、顧客が都合の良い方法で連絡できるようにするため「電話対応だけではなく、チャットやメール、オンラインミーティング等の連絡手段を使えるようにする」こと、税務の専門用語を避け、「顧客に馴染みのある平易な言葉で説明する」ことなど、様々な工夫が考えられます。

セルフサービス化の推進

日々の税理士業務でよく感じることとして、近年、お客様はご自身で情報を調べ、問題を解決することを好む傾向にあるのではと思います。

ZendeskとNuanceが実施した調査によれば、「75%の人が、セルフサービス型が楽で便利」と回答し、「67%の人が、電話で企業担当者と話すより自分で解決したい」と回答している。

税理士もこの流れを意識し対応していく必要があります。そのため「すべて税理士に任せれば良いから顧客自身は何も知らなくて良い」といったスタンスではなく、「顧客の問題をともに考え問題解決のためのサポートをする」といった対応を意識していくことが考えられます。

企業は顧客に、セルフサービスを試してもらうことから、ずっとセルフサービスだけを使い続けるようにすることへ、焦点を移す必要がある。

ただし、セルフサービス化を進める際には、顧客が途中で挫折しないよう、使いやすさに配慮することが重要です。

顧客がチャネル転換するたびに、顧客ロイヤルティに多大な悪影響を与える。

「CS疲れ」からの脱却

過剰な「おもてなし」は、顧客に負担を強いるだけでなく、税理士自身も疲弊してしまいます。「おもてなし」は良いことという既成概念を見直すべきです。

「CS疲れ」を引き起こしていないだろうか。「おもてなし」という言葉を隠れ蓑に、不必要な顧客訪問や電話対応を助長させていないだろうか。そうして非合理に積み重ねていった顧客対応は逆に顧客努力を強いていないだろうか。

顧客が本当に求めているのは、感動的なサービスではなく、シンプルで合理的なサービスです。「足し算の時代から引き算の時代へとシフト」していることを認識し、税理士としてのサービスの在り方を考える必要があります。

顧客満足度は足し算の時代から引き算の時代へとシフトしているのだ。サービスのデジタル化ともいうべきこの事象により、サービスはシンプルで合理的な方向性へと変貌を遂げており、減らすことが他社との差を分けるものとなつた。

まとめ:情報化社会における「おもてなし」の再定義

本書は、「おもてなし」の概念を根本から見直すことに迫っています。

おもてなしの概念自体が陳腐化したわけではない。現在の課題は情報化社会で求められている顧客ニーズに応えられず、自己満足になってしまったことであろう。であるならば、本来の顧客志向の強みに立ち返り、情報化社会における顧客ニーズである「顧客努力の軽減」にしっかりと向き合っていく先にこそ、おもてなしの未来があることを言じて疑わない。

税理士業務においても、顧客が感じる「手間」を徹底的に排除し、シンプルで合理的なサービスを提供することが、顧客ロイヤルティを高め、税理士自身の成長につながる道だと考えます。